Phantom of the Emerald Page.05s

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『……ハーシェルとか言ったな』

 話がまとまり治癒室を出ていく少年達に続こうとしたところで、ジェリスはふと幼子の姿をした教師を振り返る。

『お前……今の話、嘘を吐いただろう』
『──言っても言わなくても、関係ないことだからな。人間、情報量があまりに多いと却って混乱するものだ』

 あっさりと肯定を返すハーシェルの声は、流暢な精霊語。なるほど精霊術師が最も多い学院で、教鞭を執る側が専門の言語を話せないことには始まらないのだろう。

『お前は、主が……エイディウが大事か?』
『……そうだったら、何だ?』

 相手の意図が読めない質問だった。怪訝な顔のまま答えたジェリスに、ハーシェルは少し考えるような間を置いて頭を振る。

『それなら、いい。お前も早く行け』

 ハーシェルの口元に、ごくわずかに安堵したような笑みが浮かぶ。ラッドの呼ぶ声を聞いて、ジェリスは何だか腑に落ちない気分のまま治癒室を出て行った。


 治癒室を出て必要な薬材が載ったメモに目を通していたところで、ラッドはふとジェリスがいないことに気付いた。呼べばすぐに出てきたが、ジェリスは何やら考え込むような顔のままである。

「そういえばお前、さっきからほとんど黙ってたけど。気になることでもあった?」
『……あの教師は、信用できるのか』
「ん? そうだな。かなり変わってるけど、あの人はいい先生だと思う」

 ラッドは、素直にハーシェルに対して思っていることを口にした。ラッドが知る中で言えば、現状ハーシェルはほぼほぼ唯一信頼できる教師だ。周囲には、ラッドを明確に疎んでいる教師達も少なくなかった。

 そういえばジェリスが初めて見た学院の教師は、やたらと威圧的で高慢な態度を取っていたのだったか。人間をよく知らないジェリスからすれば、その相手と同じく教師であるハーシェルにも懐疑的なところがあるのかもしれない。

『いや、それならいいが【そっち】じゃない。さっきのアイツの話……』
「話がついたことだし、次に成すべきは図書館での情報収集だ!」

 そこで勢い付いたように、イオンが宣言する。揚々と腕を引かれ、ラッドは目を丸くした。

「採集物の原型や、自生した姿を知らないことにはどうにもならないからね!」
「あ、あぁ……?」
「そんなに引っ張んなよ! 人攫いかお前は!」

 イオンに半ば引きずられる形になりながら、ラッドはジェリスを見る。ジェリスは頭を振って、それ以上何も言わなかった。


 ジェリスの見ていたものは、主とは少し違う。

 治癒室に入ったあの時。真っ先に子供の姿になったハーシェルへ目が行ったラッドは気付かなかったようだが、修復される直前の室内には、ハーシェルが話した情報と異なる要素があった。

 中庭に面した窓ガラスが割られ、踏み荒らされた──「誤って薬品棚の中身をぶちまけた」だけ、とは思えない形跡があったのだ。





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