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カンパネラの宝石
 それはどこか近くにあって、どこにもない遠い場所。

 ある所に、小さなお店がありました。

 お店を開いているのは、さらさらした薄水色の髪と、綺麗な菫色の目を持つ女の子。

 彼女を見た人は、「この子こそが宝石に宿った妖精のようだ」と皆揃って言います。

 女の子は宝石よりも控えめで、宝石よりも透き通った「光」を持っていたのでした。


 小さなご主人が売っているのは、魔法の石。

 これを使えば誰でも魔法を使える、小さな奇跡を閉じ込めた宝石です。


 暖炉で爆ぜる小さな火の粉から、火の力を持ったルビーを。

 雨上がりの朝の水滴から、水の力を持ったアクアマリンを。

 髪を撫でる春風の息吹から、風の力を持ったペリドットを。


 自然の小さな力を借りて女の子が作った石は、魔法の力を知らない人達の大きな助けになりました。


 ですが、石の力が当たり前になったことで魔法に慣れた人々は、便利な力や女の子への「ありがとう」を忘れていったのです。


 さてある日、鍛冶屋のおじさんが炉に火を入れようとして魔法のルビーを使いました。

 けれど、いくら命令してもルビーから火は出てきません。おじさんは顔を真っ赤にして怒ります。

「何が魔法の石だ。 役に立たないじゃないか、こんなもの!」

 と、金槌でルビーを叩き割ってしまいました。

 するとどうでしょう。ルビーから黒い炎が上がり、あっという間にお店を包みました。 乱暴な気持ちで石を使ったのがいけなかったのです。

 おじさんの鍛冶屋は、燃え上がる火でぼろぼろに焼け落ちてしまいました。

 これをきっかけに。 人々はこう噂するようになります。


「こんな危険なモノを創るあの女の子は、悪い魔女に違いない」と。


 店を囲むたくさんの火と、人々の責める声。

 女の子には、何が起きているのか分かりませんでした。

 笑顔で魔法の石を買って行ったはずの人々。 声が、ぶつけられる気持ちが、胸に刺さります。

 怖くて、哀しくて、胸がずきずきと痛みました。

 女の子は、泣きながら逃げました。


 けれど女の子は、辺境の森に住み家を移して魔法の石を作り、売っていました。


 この宝石の小さな火があれば、どこかで寒さに凍えている人を助けられるかもしれない。

 この宝石で水を喚べば、誰かの喉の渇きを潤してあげられるかもしれない。


 女の子は、小さな希望を信じて石を作り続けていました。


 そんな女の子の新しいお店に、ある日男の子がやって来ました。

 川で溺れている彼を見た女の子はとっさに風のペリドットを使い、男の子の体を浮かせて助けたのです。人々に嫌われていた女の子は、「失敗した」と思いました。

 だけど、女の子の使う魔法を見た男の子は、目を輝かせて奇跡を喜びました。


「ありがと。すごい力があるんだね」


 男の子は、そう言って笑います。女の子は、それまでこんなに純粋な目の人を見たことがありませんでした。


 男の子は、綺麗なものを見るのが好きでした。

 彼の故郷は、森から少し離れた小さな国だといいます。よく女の子の店に遊びに来ては、魔法の石を眺めたり、女の子とおしゃべりをしたり、薪割りや薬草採りを手伝ってくれました。

 女の子は嬉しくて、楽しくて。男の子が来るのを、いつも楽しみにしていました。


「なぁ、そういえば店長さんの名前は何ていうの?」


 いつも通り遊びに来た男の子に名前を聞かれて、女の子は困りました。


 ……私の名前、何だっけ。最後に名前を呼ばれたのは、いつだったかな。


 考え考えて、女の子はそこで初めて気がつきました。

 この男の子が現れるまでずっと、自分がひとりぼっちだったことに。


 女の子には家族も、友達も。誰も、いませんでした。

 ずっと呼んでくれる人がいないせいで、名前を忘れてしまっていたのです。


 女の子が困っていると、男の子は店の扉に下がった小さな吊り鐘を見て言いました。


「じゃあ、“カンパネラ”って呼ぶ」


 澄んだ音を立てる、小さな鐘。女の子は、胸が暖かくなって笑いました。

 女の子は、カンパネラと呼ばれるようになりました。


 カンパネラは素敵な名前をくれた男の子にお礼がしたくなって、彼のために宝石を作りました。

 柔らかい虹を閉じ込めたような、淡い光に包まれたとっておきの宝石です。覗き込む角度で色が変わるその不思議な石は、オパールといいました。


 ただ男の子への「ありがとう」の気持ちと、男の子を悪いことから護ってくれるような「お祈り」を込めて。


 ですがお別れは、いつも突然でした。

 身体の弱いカンパネラは、具合が悪くなり倒れてしまったのです。


 お薬は、ここから遠い遠いカンパネラの生まれ故郷にしかありません。待っている家族も友達もいない、ひとりぼっちの故郷です。

 身体を悪くしたカンパネラが故郷へ帰ると聞いて、男の子は悲しみました。

 泣きたいのはカンパネラも一緒です。男の子はカンパネラにとって、初めての友達でしたから。


 カンパネラは、男の子にいつか作ったオパールを渡して言いました。


「身体がよくなったら、絶対帰って来るよ。だからまた、」


 ……また逢う時、今度は君のほんとの名前をおしえてね。


 「さよなら」ではなく、「また今度」。

 カンパネラは、故郷に帰っていきました。


 一人残された男の子の手の中で、カンパネラの想いがたくさん詰まったオパールは、約束を示すかのように静かに光っていました。

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